1972年 5月15日

今から52年前の5月15日は沖縄県民にとって忘れられない特別な日です。

それは、沖縄の施政権がアメリカ合衆国から日本国に返還された日、本土復帰の日です。

その当時私はまだ中学2年生でしたので、政治的なことはよくわかりませんでしたが、復帰を歓迎する声やまた、核抜き本土並みを望んでいる人たちにとっては、米軍基地がそのまま残る形の本土復帰を受け入れることが出来ずに本土復帰を反対する声もあり、歓迎する声、反対する声で世の中が大きく揺れているなと感じていました。

また日常生活では、いままで$(ドル)を使っていたのにその日を境にいきなりに替わり、大人はもちろん中学生の私もかなり戸惑いました、お店に買い物に行くとお店の方もいくらで売っていいのか分からず、どのお店でも円とドルの交換レートを書いた表を見ながら買い物をしていました。

ところで、沖縄では5月15日以外にも4月と6月に本土復帰に関連する戦後の歴史における大きな出来事があります。

1. 1952年 4月28日

いまから72年前の出来事で前年の1951年に調印されたサンフランシスコ平和条約が発効された日で、日本は連合国からの占領が終結し独立国として世界から認められましたが、沖縄は日本から切り離され、アメリカ合衆国の施政権下に置かれることとなり、沖縄ではこの日を「屈辱の日」と表現する人達もいます。

2. 1945年 6月23日

今から79年前の6月23日は、沖縄戦において、日本軍による組織的戦闘が終結した日で、沖縄県が定めた沖縄戦犠牲者への哀悼の意と世界平和を願う日で「慰霊の日」と呼ばれ公立の学校はお休みとなります。そして、この日は平和への祈りを込めて沖縄各地で慰霊祭が行われます。また私が学生の頃は「慰霊の日」が近づくと学校では沖縄戦を振り返り平和について考える授業も行われていました。多分いまも行われていると思います。

3. 平和について

毎年この時期はどうしても平和について考える機会が多くなります。そして、平和を実現するためにはいろんな考えがありますが、私は、人に配慮し、地球に配慮し、土を近くに感じるパーマカルチャー的な生き方に希望があるような気がします。

こんなこと書くと「平和ボケ」なんて怒られるかもしれませんが。

でもやっぱりみんながみんなの幸福をひとつづつ積み重ねて、それが何億、何十億と積み重ねていけば平和のための大きな力になると思っています。

ところで、地球のかけらでは今年は沖縄県にとっては「屈辱の日」と言われている4月28日に世界の平和とすべての子どもたちの健やかな成長を願って端切れで作った鯉のぼりを掲揚しました。

端切れで作った手作り鯉のぼりを掲揚するというただそれだけのことですが、それでも何十憶分の一かもしれない幸福を積み重ねることがでできた気がします

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