ほんとうのたべもの

まだまだ日中は暑いですが、ここ沖縄にも朝夕は秋の気配が感じられるようになりました。

短い短い沖縄の秋ですが、この時期がとても過ごしやすく大好きです。

そして、この時期の風を感じると、いつも思い出す言葉があります。

ご存知の方も多いと思いますが、今日はこのブログを読んでくださるみなさまにもご紹介したいと思います。

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗らしやや、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見ました。
 わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。」

これは、宮沢賢治の「注文の多い料理店」の序文にかかれている言葉で、抱きしめたくなるほど純粋で美しい言葉だなと思っています。

身体の栄養も大事だけど、美しい言葉と、きれいにすきとほつた風をお腹いっぱいだべて心の栄養にしたいと思います。

こんな美しい表現が出来る宮沢賢治の目には、いったいこの世界がどのように映っていたんでしょうね。

わたしも宮沢賢治の足元にも、まったく及びませんが、モノづくりを通して、この美しい世界を少しでも表現して行けたらと思います!

このブログでは、脳卒中木工職人の棟梁が、みなさまの心身共に健康で楽しく暮らしていくための知恵や情報を発信していきます。

序文にはまだ続きがありますので、心の栄養にお読みください♪

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗らしやや、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見ました。
 わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、にじや月あかりからもらつてきたのです。
 ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。

  大正十二年十二月二十日

宮沢賢治

引用:宮沢賢治 『注文の多い料理店』序 (aozora.gr.jp)

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